<高村山荘> |
<高村記念館> |
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高村光太郎が終戦後(妻の智恵子は戦前に亡くなっている)に疎開した小屋が中にあります。そこに7年間住んでいたそうです。氷点下20℃にもなる厳寒の吹雪きの夜には寝ている顔にも雪がかかり、炎暑の夏には蚊や蚋に悩まされた厳しい毎日でした。 |
<智恵子展望台> |
雪白く積めり。 雪林間の路をうづめて平らかなり。 ふめば膝を没して更にふかく その雪うすら日をあびて燐光を發す。 燐光あをくひかりて不知火に似たり。 路を横ぎりて兎の足あと點々とつづき 松林の奥ほのかにけぶる。 十歩にして息をやすめ 二十歩にして雪中に座す。 風ふきに雪粛々と鳴って梢を渡り 萬境人をして詩を吐かしむ。 早池峰はすでに雲際に結晶すれども わが詩の稜角いまだ成らざるを奈何にせん。 わづかに杉の枯葉をひろひて 今夕の爐邊に一椀の雑炊を煖めんとす。 敗れたるもの卻て心平らかにして 燐光の如きもの霊魂にきらめきて美しきなり 美しくしてとらへ難きなり。 |
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